2014年3月30日日曜日

PG51 月夜のデート

「この楽しき日々」にも描かれているように、日曜日の午後、恋人同士だったローラとアルマンゾはヘンリー湖やトンプソン湖へ馬車のドライブへ行きました。
ある日、二人はボーストさんの家へ立寄り、しばらくして帰ろうとすると、ボーストさんが「月が出てから帰ればいいじゃないか」とひきとめました。この日、真夜中を過ぎなければ、月が昇らないのを知っていて、二人をからかっていたのです。二人もそれを知りながら、月が昇るまで待つことにしました。

気の毒だったのはボーストさん夫妻です。ひきとめた手前、寝るわけにもいきません。疲れて切って目を開けていられず、二人とも椅子で眠り込んでしまいました。果たして、からかわれたのはどちらなのでしょう?
その晩、若い二人は夜中の二時に月が昇ってから、ボーストさんの家をあとにしました。

アルマンゾに送ってもらったローラは家にそっとしのび込むと、居間にはランプがともっていました。それを吹き消して寝室へ行こうとすると、かあさんの声が聞こえました。
「ローラ、今、何時なの?」
するとローラが答えました。
「あら、時計を見なかったわ!」

これがもし事実なら、おちゃめで可愛らしいワイルダーの一面が見えてきます。彼女も今どきの子だったようですね。












2014年3月29日土曜日

PG50 ブラウン夫人

ローラは自分たちの結婚式をあげてくれたブラウン牧師を、不潔で、品がなく、だらしないと嫌っていました。「パイオニア・ガール」によると、ローラはブラウン夫人も好きではなかったようです。教会の出版物の原稿を書くのに忙しくて、身なりにかまわず、家の中も雑然としていると、否定的に描いています。

けれども、後年、農業紙に掲載されたワイルダーのエッセイは、ブラウン夫人の家事能力や身なりを否定的に書きながらも、「文筆家だった夫人は原稿執筆に忙しかったので、一見しただけで判断はできない」といったようなことを、たしか述べていたような気がします・・・・・。


「小さな家」のかあさんは、いつもローラとメアリーに、ファッショナブルではないけれど、きれいに洗濯した服を着せていました。実在のワイルダーも、マンスフィールドのダウンタウンへ出かけるときは、いつも「よそいき」のドレスを着て、きちんとしていたようです。
でも、ワイルダーの娘のレインと小学校で一緒だった同級生は、晩年のインタビューで、レインのことを「だらしなかった」と評していました。アメリカで出版されているものを読んでも、友人に忠告されるほどの浪費家でしたが、彼女はあまり身なりに構わなかったような印象を受けます。

2014年3月25日火曜日

PG49 オーエン先生

出版作品によると、学習発表会の成功によってローラは教員免許を取得することが出来て、ブルースター学校で教えることになりました。
「パイオニア・ガール」では、すでにローラが教員免許を取得して、ブルースター学校での教職を終えてから、学習発表会が開催されています。


「大草原の小さな町」では担任のオーエン先生が、ネリー・オルソンの弟のウィリーを、鞭打つ話があります。ウィリーはワイルダー先生をからかうためにバカなふりを始めたのに、それが直らなくなって知恵おくれのようになってしまい、オーエン先生がお仕置きをしてウィリーを躾なおしたというくだりです。
「パイオニア・ガール」でも同じ話があります。でも、ネリーの弟ではなく、別の人物です。ネリーの弟にしたのは、登場人物が多いと混乱を招くので、それを避けるためだったのかもしれません。


でも、義姉のイライザ・ジェインを辛辣に描いたワイルダーの気質を考えると、別の理由があるんじゃないかと勘ぐりたくなるのは、私だけでしょうか?










2014年3月23日日曜日

PG48 マッキーさんと開拓農地

「この楽しき日々」には、ローラがマッキーさんの奥さんとマッキーさんの幼い娘さんと三人で開拓農地で過ごす話があります。三人は楽しい時を過ごしたようですが、ローラがホームシックになり、かあさんからメアリーの帰省をしらせる手紙をもらったのを機会に、ローラはデ・スメットへ戻ることになりました。そのときローラは、理不尽な開拓農地法を制定した政府を批判しています。

でも、「パイオニア・ガール」には、ホームシックもかあさんの手紙も政府批判もありません。ニューディール政策に反対だったワイルダーは、娘のレインと相談して、政府批判の箇所を加筆したのかもしれません。

マッキーさんのご主人は厳格な長老派の信徒だったので、日曜日には笑うことも微笑むことも出来なくて、ローラたちは聖書や教理問答を読み、宗教的な話をして一日を過ごしました。出版作品のマッキーさんのご主人は、良い人だけど厳格で真面目過ぎる印象がありますが、「パイオニア・ガール」からは、もっと人間らしい、やわらかな印象を受けます。ご主人と宗教的な問題を話していても、同意できなければ、ローラははっきりと意見を述べています。ローラらしいですね。マッキーさんのご主人にとって、今どきの子の意見は頭が痛かったようで、思わず笑っちゃいます。



2014年3月22日土曜日

PG47 呼び名

ゾカート著のワイルダーの伝記によると、アルマンゾとローラがお互いを「マンリー」「ベッシー」と呼び合うようになったのは、ブルースターさんの家に下宿していたローラをピックアップするために、アルマンゾがソリで往復していたときに話し合って決めたとなっています。

ウィリアム・アンダーソン著のワイルダー伝記では、新しい軽装馬車で大草原をドライブしていたときに決めたとされています。

ジョン・ミラーやパメラ・ヒル(「パイオニア・ガール」の注釈を担当している研究者)によるワイルダー伝記によれば、ブルースター学校を終えて自宅に戻ってからもローラとアルマンゾは、ソリのドライブに出かけるようになり、そのときに呼び名を話し合ったとなっています。私の持っている「パイオニア・ガール」も同様です。

ゾカートとアンダーソンの伝記には出典が記されていないので、どこから情報を得たのかわかりません。わかったとしても、どれが事実なのかは永遠に謎です。事実に基づいた話と言われている「小さな家」シリーズですが、呼び名を決める話にこれだけバージョンがあるのは、それだけワイルダーが事実に手を加えているからとも言えるでしょう。

ワイルダーと夫のアルマンゾとは、実際には十歳違いでした。でも、出版作品では誤解を避けるために、その差が縮まっています。「パイオニア・ガール」でも同様です。「パイオニア・ガール」は自伝とか回想録と言われていますが、はたしてどこまでが事実なのでしょう?

2014年3月19日水曜日

PG46「この楽しき日々」

「大草原の小さな町」によると、まだ十五歳のローラが教職につけたのは、学習発表会での成功がきっかけで教員免許を取得したからとなっています。
でも、「パイオニア・ガール」では学習発表会の話はありません。教壇に立っている時に下宿していた家も「ブルースター」ではなく、本名の「ブチー」のままです。本名だとさしさわりがあると思って、出版作品では仮名にしたのでしょう。


「この楽しき日々」の下書き原稿(「パイオニア・ガール」ではない)では、毎週、アルマンゾがローラを学校まで迎えに来て、ローラは週末を家で過ごす話があります。そのときローラは、「家に帰りたいからソリに乗せてもらっているだけで、家に帰ったらもう乗ることはありません。寒くて長いドライブはやめてもらってもかまいません」とアルマンゾに告げます。でも、その週末にアルマンゾはいつもどおりローラを迎えに来ます。つまりローラの言葉はあまり重要な意味を持ちません。
「パイオニア・ガール」でも同じです。


けれども、出版された「この楽しき日々」では、ローラがアルマンゾに告げたその週にブルースター夫人が包丁を振りあげる事件がおきて、その週末は厳しい寒さの日となり、アルマンゾが迎えに来るかどうか、読者がドキドキしながら話が進んで行きます。ワイルダーは文学的効果を狙って、話を創り変えたのです。
「小さな家」シリーズが「本当の話」と信じられていた1970年代、ある研究者はこういった違いを一つ一つ探り出して、「小さな家」が創作であることをつきとめました。


刊行以来、「小さな家」が「本当の話」と四十年以上も信じられていたのは、あの作品が神聖視されていたからです。神聖化された「小さな家」は、

1.「小さな家」は本当の話、
2.「小さな家」のローラと作家のローラは同一人物、
3. 本当の話だから「小さな家」はアメリカ史

という三つの神話に包まれていました。どれも虚偽に過ぎません。
現在、あの作品は創作であると学術的に認められていますが、その神話はアメリカ人の心の中に脈々と生き続けています。
日本でも「本当の話」「同一人物」の神話は読者の間に根強いようですが、アメリカ人とは別の理由からのように見受けられます。





2014年3月16日日曜日

PG45 初デート

アルマンゾとローラが二人で時を過ごすようになったのは、信仰復興集会の帰りにアルマンゾがローラに家まで送らせて下さいと、声をかけたのが始まりでした。ローラは家族と、アルマンゾは兄のロイヤル、友人のキャップ、オスカーと一緒に教会に来ていました。でも、ローラが気になっていたのは、アルマンゾではなく、キャップでした。

ゾカートの伝記によれば、オスカーがアルマンゾにローラの後ろにいた女の子に声をかけて、家まで送らせてもらえるかどうか賭けをしようともちかけたけれども、オスカーはどの女の子とはっきり言わなかったので、アルマンゾは別の女の子だとわかっていながら、わざと間違えてローラに声をかけて賭けのお金をせしめた、となっています。

おそらくゾカートは、その部分を「パイオニア・ガール」から引用したのだと思いますが、私が使っているジョージ・バイ版の「パイオニア・ガール」には、その記述はありません。たぶんゾカートはカール・ブラント版の「パイオニア・ガール」を使ったのかもしれません。
今度出版される注釈付きの「パイオニア・ガール」では、二つの「パイオニア・ガール」の違いなども指摘してくれるかもしれません。


アルマンゾに賭けを持ちかけたオスカーはなかなかのハンサムだったようです。「パイオニア・ガール」には、彼のロマンチックな悲しい話も載っています。
また、ローラが気になっていたキャップは、二十代半ばに、農作業の機械の事故で亡くなりました。当時、農作業の機械は性能に問題のあるものが多く、事故は珍しくありませんでした。
「長い冬」によれば、キャップはアルマンゾと一緒に小麦を買いに行ったことになっていますが、キャップの親戚筋にあたる人は「行ったとは思わない」と、ある講演会で述べていました。

2014年3月14日金曜日

PG44 年頃の娘2

アルマンゾと親しくなる前に、ローラが一緒に出かけた男性には、アーサー・ジョンソンやアーネスト・ペリーがいます。アーサーは教会の帰りに家まで送ってくれただけですが、アーネストとは二回ほど遊びに出かけていて、ダンスやゲームをして、楽しいときを過ごしました。ローラはキスゲームは苦手だったようですが、アーネストを嫌いではなかったようです。

邦訳のジョン・ミラーの評伝では、「二回目のデートのとき、アーネストが抱きしめようとした」ので、ローラはつきあうのをやめたと訳されていますが、原文を読むとちょっとニュアンスが違うように思います。それに「パイオニア・ガール」にもそんなことは書いてありません。腕が触れたがきっかけで、アーネストと出かけなくなったのは確かですけれども。
アーネストはローラを忘れられなくて、長い間、独身だったそうです。小さな町ですから、ローラとアルマンゾの噂を耳にしたときは、いたたまれなかったに違いありません。



2014年3月12日水曜日

PG43 年頃の娘

「パイオニア・ガール」によると、デ・スメットの若い弁護士のアルフレッドは、ローラに気があったようで、その日の晩の文芸会に一緒に行きたくて、インガルスの家を訪ねました。でも、彼は女性の扱いに慣れていないらしく、正面切って誘うことが出来ないほど純情だったようで、とうさんに「今晩の文芸会にいらっしゃいますか?」とやっとの思いで尋ねました。もちろんとうさんは、彼のお目当てがローラだとわかっていますから遠慮して、「行きません」と答えました。
年頃の娘だったら、「私と出かけたいんだな」くらい察しがつきそうなものだと思うのですが、どうやら、ローラは違ったようです。ほんとうは文芸会を楽しみにしていたのに、とうさんが行かないなら私も行かないと、「行きません」と答えてしまいました。

アルフレッドが帰ったあとで、とうさんが笑いながら、「おまえを誘いに来たんだよ」と言いました。そのときのローラの反応が、いかにもローラらしいです。

「だったらうじうじ言ってないで、はっきりそう言えばいいのに」

ローラのような我の強い女性には、アルマンゾのような腹の据わった男じゃないと無理でしょう。だから、たとえ一緒に出かけたとしても、この二人は合わなかったでしょうね。それにしても、ホントにローラって色気がナイです。


ワイルダー研究者のジョン・ミラーはワイルダーの評伝で、ワイルダーはかかあ天下で夫をコントロールしていたみたいなことを言っているけれど、「そうかなあ〜?」と思った。もしもそうなら、「はじめの四年間」のような作品は生まれなかったんじゃないのかな? エッセイを読んでも、ワイルダーがどれほど夫を信頼して尊敬していたか、しみじみと伝わって来る。表面上はかかあ天下に見えても、二人は対等の関係で、ワイルダーは夫に負うところが大きかったように思います。



2014年3月10日月曜日

PG42 女としての勝ち負け

「パイオニアガール」には、出版作品同様、見知らぬ人たちに会うのが苦手なローラが、初めて学校へ行ったときの不安が記されていて、その後に、ブラウン牧師の養女のアイダや、洋装店の娘のメアリー・パワーといったクラスメイトの紹介が続いています。
そのうちの一人にネリーのモデルになったジェネヴィーヴ・マスターズがいます。ジェネヴィーヴ・マスターズは、ネリー・オルソンのモデルになった三人の女性の一人です。ドラマでも有名になったネリー・オルソンは実在の人物ではなく、ネリー・オーエン、ジェネヴィーヴ・マスターズ、ステラ・ギルバートの三人をモデルに創り上げた人物です。
「大草原の小さな町」では、学校で再会したのはネリー・オルソンになっていますが、実際にはジェネヴィーヴ・マスターズだったようです。
「大草原の小さな町」でも「パイオニアガール」でも、ローラはネリー(ジェネヴィーヴ)がクラスに入って来ると、ドレス、肌の色、体型などをすばやく観察して、自分と比較しています。いずれの版でも、ずんぐりむっくりのローラは、女としてネリーに負けたように感じていたようで、オンナというのは、いつの時代でも、どこの国でも、似たようなものなんだなあ、とつくづく思います。


また、ワイルダー先生にしても、キャリーに椅子を揺するよう命じるなど、出版作品と似たような軋轢が描かれています。
晩年、ワイルダーは、義姉のイライザ・ジェインが嫌いだったと告白しています。まあ、日本でもよくある嫁と小姑との軋轢でしょうが、それを作品に書いちゃうところがすごい。アルマンゾは何も言わなかったんだろうか? 
我の強い二人だから、気が合いそうもないのはわかるけど、実在のイライザはワイルダーの娘に良い教育を受けさせるために、自分の家に彼女を引き取って面倒をみてくれたんだから、かなり良くしてくれたと思う。だから、そこまで辛辣に書くこともないのでは・・・・と思うけど、しっかり書いちゃうところが、ローラ・インガルス・ワイルダーという人物を物語っていると思います。






2014年3月7日金曜日

PG41 アルマンゾとの出会い

「長い冬」によると、アルマンゾとローラが出会ったのは、ローラとキャリーが町へ買い物へ行った帰りに近道をしたら、干し草を積んでいるワイルダー兄弟にあったとなっています。でも、「パイオニアガール」では別の機会に出会ったとなっています。


実在のアルマンゾは、ワイルダーよりも10歳年上でした。ワイルダーは執筆の際、幼な妻と間違われるのを憂慮していたので、アルマンゾの年齢が出版作品で引き下げられているのは、そういう理由かもしれません。
ワイルダーとアルマンゾが一緒に出掛けるようになったとき、二人は15歳と25歳で、今なら問題になりかねませんが、当時のデ・スメットの人口は百人あまり。男女が出会える機会も限られていましたし、アルマンゾはワイルダーの中に、年齢よりも大人びたものを感じていたのかも知れません。また、当時の16歳は、もう子どもではなくレディ扱いでした。
ですからシリーズを執筆中、レインはワイルダーに、「今の子供たちは昔と違って精神年齢が低いからそれを念頭において執筆するように」とアドヴァイスしていました。