2015年4月20日月曜日

PGH ボースト夫妻とオグデンさん  DK5

「シルバーレイクの岸辺で」では、冬が近づいて人々が飯場から引き上げてしまうと、インガルスとボーストさん以外、シルバーレイク周辺には人がいないかのように描かれています。でも、測量技師の家で暮らしていたとき、実在のインガルスは、同居人をおいていました。ウォルター・オグデンという二十五歳の青年で、東部に住む人に依頼されて雄牛の世話をしていて、一人で冬を越すつもりでした。でも、一人きりになりたくないので、インガルスに下宿させてほしいと頼んだのです。


「シルバーレイクの岸辺で」には、ボーストさん夫妻と楽しい冬を過ごした様子が描かれています。実在のボーストさんの奥さん、エラ・ペック・ボーストは、イリノイの生まれで、家族と共にアイオワに引っ越して、一八七○年にロバート・ボーストと結婚。ダコタ・テリトリーに移住したときは、二十八歳でした。若い頃からリューマチをわずらい、のちに車椅子の生活となり、一九一八年に六十七歳で逝去しました。子どもがいませんでしたが子ども好きで、しばしば、自宅で子どもパーティーを開いていました。「パイオニアガール」には自宅で子どもたちに囲まれている写真もあります。以前、この写真はデ・スメットのワイルダー記念館でも展示されていました。


「はじめの四年間」で、ボーストさんがローズを養女にしたいと持ちかけたと時、ローラとアルマンゾは断ります。それ以降、ボーストさんとの関係がぎくしゃ くしたのでは、と思いますが、「小さな家」にボーストさん夫妻と過ごした楽しい話がたくさん登場するので,ワイルダーが好意を抱 いていたとうかがえます。二人の想い出は実の子どもに受け継がれることはありませんでしたが、「小さな家」のおかげで、二人は今でも読者の心に息づいています。


 ロバート・ボーストはカナダの生まれで、一八七九年後半は三十歳ぐらいでした。夫妻はデ・スメットから一マイル東に開拓農地を所有していて、一八九八年に町に家を建てるまでそこで暮らしました。「この楽しき日々」には、ローラとアルマンゾが馬車のドライブの途中でボーストさんの家に寄って楽しい時を過ごす話も描かれています。ロバートはガーデニング好きで知られていて、デ・スメット公園の草木の手入れもしていました。「小さな家」に描かれているとおり、二人は生涯、インガルスと親交がありました。ロバートはエラが逝った三年後の一九二一年に他界しました。二人のお墓はデ・スメットにあります。

エラの墓
ロバートの墓


2015年4月14日火曜日

PGH 羊飼いの陶器の人形 DK4

シルバーレイクの飯場に着いたインガルスは、新しい掘立小屋で暮らし始めます。
そのときとうさんは、「陶器の人形を飾らないのかね」と「シルバーレイクの岸辺で」は、かあさんに尋ねていますが、「パイオニアガール」では尋ねていません。


羊飼いの陶器の人形は、「小さな家」シリーズの中で重要な役目を担っています。けれども、「パイオニアガール」には、陶器の人形はいっさい出てきません。
 今回、出版された下書き原稿の「パイオニアガール」だけでなく、ブランディッド版にもブランディッド改訂版にもバイ版にも陶器の人形は登場しません。


1943年にワイルダーは「陶器の人形はキャリーが持っています」と、子どもたちへの手紙に書いています。その言葉どおり、キャリーの他界後、遺品の中から陶器の人形が見つかって、それがかあさんの陶器の人形ではないかと言われています。その人形はブラックヒルズのミュージーアムに展示されていて、日本で刊行されている写真集には、その人形の写真が載っています。


人形の写真はこちらからご覧いただけます。けれども、この人形も謎に包まれています。


はたして陶器の人形は実在したのでしょうか? それともワイルダーとレインの創作でしょうか? もし実在したのなら、この写真の人形がそうなのでしょうか?





2015年4月8日水曜日

PGH ビッグ・ジェリー DK3

インガルスが馬車でダコタへ向かう時に、守ってくれたのがインディアンとの混血のビッグ・ジェリーでした。ビッグ・ジェリーは創作人物かと思っていたら実在の人物で、「パイオニアガール」にも登場します。

毛皮産業には、主にフランス人が関わっていたため、フランス人とインディアンの混血が大勢いました。もしも、 ビッグ・ジェリーがダコタやミネソタの出身なら、スー族か、スー族関連の部族か、オジブエ族の血をひいているだろう、けれども、ワイルダーは、彼はカナダ出身のフレッド・フィールズの義理の兄弟だと述べている、と注釈には書かれています。

 「パイオニアガール」によると、フレッド・フィールズは、鉄道の飯場でとうさんの仕事の手伝いをしていた男で、工夫で混雑するまかない場を嫌い、インガルスの家で食事をしていました。その彼の義理の兄弟がビッグ・ジェリーでした。とうさんとフレッド以外、飯場の連中は、気性の荒いジェリーを恐れていました。ジェリーとある男が対峙しているのを目にしたフレッドは、ジェリーが殺人を犯しかねないと一目散に走りより、二人の間に入って、ケンカをやめさせています。ジェリーは馬泥棒の疑いもかけられていました。

でも、ジェリーには別の顔もありました。「シルバーレイクの岸辺で」では、かあさんはインディアンの血をひくジェリーを嫌っていますが、「パイオニアガール」では心根の優しいジェリーに、インガルスの家族は、みな、好意を抱いていて、ジェリーはインガルスの家で、食事をすることもありました。ジェリーが病気のジョニーじいさんの看病をする話は、「パイオニアガール」にも見られます。

「シルバーレイクの岸辺で」では、とうさんが飯場の連中に給料の件で詰め寄られたとき、とうさんは銃をしのばせて、給料を隠しておくようかあさんに頼んでいました。このとき、ジェリーが現れて、とうさんは危機をしのぐことができました。でも、これは創作です。「パイオニアガール」では銃も給料もジェリーもありません。とうさんが連中に言い聞かせて、その場をしのいだのです。

フレッドは1880年当時27歳で、鉄道工事現場の監督を勤めていました。フレッドも彼の妻もカナダ出身で、子どもたちのほとんどがアイオワで生まれています。彼はハイラムおじさんが別の現場に移ったとき、一緒に行ったのかもしれないと、注釈に書かれています。
ジェリーはフレッドの義理の兄弟というなら、フレッドの妻も混血なのでしょうか? それに彼女がカナダ出身なら、ジェリーはどうなのでしょう? その点については、触れられていません。



 


2015年4月3日金曜日

PGH ウッドワース DK6

「シルバーレイクの岸辺で」には、飯場の最後のひきあげのときに、病気の治療に来ていたウッドワースという老人が登場します。肺病の治療のために、ダコタに大気療法をしにやってきた人で、病気のため骨と皮だらけなのに、ダコタでひと冬を過ごすつもりでした。とうさんは、東部には戻らないという彼を、家族のもとへ帰るよう説得します。

「大草原の小さな町」には、ローラはメアリ・パウワーと一緒に、ベン・ウッドワースの誕生日パーティーに行く話があります。ローラがはじめてオレンジを食べたパーティです。ウッドワース一家は駅舎に住んでいて、ベンの父親は駅長でした。
肺病にかかったウッドワースはベンの父親で、肺病から回復して、家族と一緒にダコタへやって来たのでした。

「シルバーレイクの岸辺で」では、ベンの父親のホレイス・ウッドワースは老人となっていますが、まだ五十代初めでした。十二歳のワイルダーには、病気だったせいか、年寄りに見えたのだろう、と注釈があります。
妻と子どもたちと一緒にウィスコンシンで暮らしていたとき、彼は牧師でした。イリノイに移ってから肺病にかかり、治療のために一人でダコタへやってきたのでした。

デ・スメットの開拓初期にやってきたウッドワースは、ブラウン牧師が来て教会がととのうまで、礼拝を行っていました。でも、あまり人が集まらなかったようなので、牧師よりも駅長さんの方が向いていたようです。

 ベンの父親の墓はこちらから